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茶道からコミュニケーションを学ぶ

2016.01.24

今日は、お茶の先生のお誘いで、社中のお仲間と新宿区にある曹洞宗田中寺(でんちゅうじ)の初釜に参加してきました。

都内にあるとは思えない大きなお寺で、お茶席前の寄り付きになっていた本堂も立派。
お寺の中ということもあり、どこか厳かな雰囲気が漂います。

また、参加されている方たちは、みなさん年配でベテラン風。
なんだかプロ野球選手の中に、高校野球選手がまじってプレイしなくてはならないような心細さ。
ご一緒した先生が頼りです。

そんな緊張感を破ってくれたのは、ご亭主を務める住職や亭主側のみなさま、そしてお正客でした。

大寄席のお茶会でよくあるのは、正客を引き受ける人がいなくてなかなか始まらないこと。
譲り合いの繰り返しで、時にはきつい言葉が飛び交うことさえあります。

今日のお茶会では、薄茶席も濃茶席も、ぱっと引き受けてくださる方がいて、スムーズに始まりました。

もちろん知り合いが多いので、そのあたりの遠慮の必要性があまりなかったという状況もあるかもしれません。
それでも誰かが引き受けないと始まらないこと踏まえ、気持ちよくさっと引き受けてくださった姿は非常に気持ちよいものでした。

ご住職は、このお寺で茶道教室を開き、また淡交会という裏千家の社中をまとめる組織でも幹部を務められる方とか。
しかしそんなそぶりはおくびにも出されない。
もしかしたら狙っているのか?と思うほど、笑いの絶えない席でした。

というのも、お点前しながら「もし間違ったら教えてくださいね」。
お客側からの「(お点前について)いま、とばしましたよ」という指摘には「本当はちゃんとやれるのよ」。
「大したお道具はありませんが」とご挨拶なさった後に、お正客が炉口のつくり手で会ったことに気づいたときの決まりの悪さを隠すいたずらっ子のような表情…。

終始、ユーモアあふれるやり取りがあり、「失敗したらいけない」というこちらの気持ちも軽くすることができました。

知らないもの同士が集まるお茶席。
まさに一期一会の世界。
そこを心地よいものにするのか否かは、参加したもの同士がどんな言葉や態度をとるかで決まります。
なかには、心がひやっとするような言葉を聞くことも。

ひるがえって、自分自身がふだんから、人に対してどんな言動をとっているか、振り返らずにはいられません。
お茶席に出ても、お道具のことは残念ながらまったく頭に入らない私ですが、どんな言動が人の気持ちにどう影響するのか、それだけはちゃんと心に刻もうと思っています。

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