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「鼓くらべ」

2013.11.16

こんばんは。キャリアコンサルタントの朝生です。
やりたいことが次から次へと出てきて、相変わらず落ち着きのない私です。
昨日は、初めて、憧れの小鼓打ちを体験しました。

小鼓を打ってみるのは、私の長年の憧れでした。
あこがれ始めたきっかけは、うん十年前、中学時代に遡ります。
国語の教科書に載っていて、忘れられない鮮烈な記憶となっているのが、山本周五郎氏の「鼓比べ」という小説でした。

江戸時代、加賀藩の城主を前に、鼓の腕を競う催しが行われます。
そこに、若いながらも鼓の名手と言われた少女が出場します。
自分の腕に自信のある彼女は、城主の前でかつてないほど素晴らしい演奏を行うのですが、まさに演奏の真っ最中に、あることがきっかけで、演奏を取りやめてしまいます。
周囲の人がいぶかしがる中で、彼女だけは、あることが突然理解できたことに満足するというお話です。

あることとは、自宅で練習中に出合った旅の老いた絵師が教えてくれた次のことです。
「すべて芸術は、人の心を楽しませ、清くし、高めるために役立つべきもので、そのためにだれかを負かそうとしたり、人を押しのけて自分だけの欲を満足させたりする道具にすべきではない。鼓を打つにも、絵をかくにも、清浄な温かい心がない限り、なんの値打ちもない」

このことを語った老絵師が、かつて同じように行われた鼓くらべの場で、気合で相手の鼓を割ってしまったという伝説の鼓の打ち手であったということを、主人公の少女は演奏中に気づき、この言葉の意味を悟ったため、競うことを目的にした演奏をやめてしまうのです。

中学生のとき、この小説を読んで感動したものの、上の老絵師の語る言葉があまりにもストレートすぎて、少々鼻白む思いもしました。そうはいっても、人は誰かに打ち勝って一番になりたいものじゃないの?と。

あれから何十年かたって、逆に改めてこの言葉の意味を実感しています。
というのも、この「鼓くらべ」の作者である山本周五郎が、どんな文学賞も一切辞退したということを知ったからです。
この老絵師の言葉を、実践した人だったというのです。

そして「芸術」という言葉を「仕事」に置き換えても同じことがいえるのではないかと思うのです。
すべての仕事は、人のために役立つべきものではないか。
結果として勝ち負けはあるかもしれないが、自分に常に問うべきは「人のために役立っているか」ということではないか。それがない仕事というのは、あまりにも不毛…

まあ、そう思うのも、私が年を取った証拠かも知れませんが…

<立派な能舞台で先制の「高砂」に合わてみせる>
<立派な能舞台で先生の「高砂」に合わせる>

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