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【掲載報告】「オスカルは理想の女性リーダーか?」

2017.03.10


各分野の専門家たちが寄稿するWEBメディア「シェアーズカフェ・オンライン」で、「『オスカル』という働き方。~オスカルは理想の女性リーダーか?」という記事を寄稿しました。

実は、2月にオスカルについて記事(「オスカルという生き方。~ベルサイユのばらが半世紀経っても新しい理由~」)を書いた頃から、オスカルの組織人としての在り方にフォーカスして書きたいと構想していました。

ところが…思いがけず難航…。
さくっと第一稿を書いたものの、どうも掘り下げ方が足りない気がして、掲載をためらううちに、出張続きとなりいったん保留。

時間をおいて改めて読み返すと、どうも自分のオスカルへの気持ちが過剰すぎて、説得力の無いことがわかりました。

今回の原稿で、オスカルの組織人として不足していると指摘した点は、すべて自分自身にもあてはまるものです。
たとえば、何か事を起こすときに、正論をふりかざすこと。
正しいことを言えば、それが通るはずだ…そんな風に思っていました。

でも、それは大いなる勘違いであることが会社勤めをするうちに徐々にわかってきます。
だって「正しい」という基準は、その人の立場や価値観によって異なるからです。

「部下に優しく、上司には厳しく」ということを自分の行動の規範にしてきましたが、それもオスカルの、行動からの影響大です。オスカルがブイエ将軍に抗議をしていた影響で、「上司には反論するもの」ぐらいに思っていたかもしれません(笑)。

しかし、何か成果を出すには、部下からよく思われるだけでは不十分です。
権限のある上司を巻き込んでこそ、可能です。

そんなシンプルなことに気づくのに、私は何十年もかかってしまいました。

オスカルというのは、私にとって特別で、不思議な存在です。
他の漫画でも、非常に好きなキャラクターというのはいます。
たとえば、「はいからさんが通る」の紅緒であったり、最近では「逃げるが恥だが役に立つ」の百合ちゃんであったり…

彼女たちは、あくまで客体的存在です。
しかし、オスカルは、まるで自分の中に彼女がいるような気がするのです。
そして、何かの折に、私の中のオスカルにスイッチが入るのです。

オスカルの言動は、組織人として見た場合は、決して理想的なものではないと気づいたとき、非常に複雑で、辛く苦しい気分になりました。
それもそのはず。それは自分の一部を、自分自身で否定した行為だからです。

だから、改めて物語を見直し、オスカルが成長していることに気づいたときは、ほっとしました。
自分の成長の可能性につなげられたからです。

いつのまにか、オスカル亡くなった年齢を大きく超えてしまいました。
それでも、「オスカルならどうふるまうだろう?」と、つい考えてしまうほどの影響を与えてくれているのが、「ベルサイユのばら」なのです。

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