「心を合わせる」ことを学ぶ裏千家淡交会研究会
2026.07.04
台風の影響で開催が危ぶまれた本日の淡交会研究会。
無事、開催されるとアナウンスがあり参加してきました。
前日夜まで着物(洗えるポリ)を用意していたけれど、前夜の地震でビビって洋服に変更。
東日本大震災の時の経験から、何かあった時は動きやすいようにと刷り込まれている私。
会場につくと、流石に着物の方はほとんど見られませんでした。
会場の昭和女子大人見記念講堂に着くと、「地中海学会」の看板が!陣内秀信先生の講演まで!
ソチラニモイキタシ…😅(私は大学の卒業論文が、キプロスを巡るオスマントルコとヴェネツィア共和国の攻防だったのです)
さて、今回の研究会のテーマは「真の炭手前」「大円真」「薄茶(老松茶器)」。
初めて気づいたのですが、茶事の流れを追う構成になっているのか…。気づいていなかったのは私だけ?
「大円真」は数ヶ月前に炉のお点前をお稽古したばかりだったので復習のつもりで臨む…つもりだったが、あまりに記憶に残っておらず、新鮮なことこの上なし💦
業躰の白波瀬先生はお点前の細かなことはほとんど触れず、「心を合わせる」とはどういうことなのかを繰り返されていたのが印象的でした。
たとえば、亭主は茶道口でお辞儀をする前に、まずはお客様と目線を合わせて、これからお点前をするということを伝える。
機械的にお辞儀をすればよいのではなく、そのお辞儀で何を示そうとしているのかの意味を考えたうえでふるまうことが大事なのだということに気づかされます。
「挨拶」という言葉の意味についてもご説明がありました。
その意味は、挨(あい)は「押す」、拶(さつ)は「迫る」。漢字だけの意味合いだと「押し合う」ということになります。
白波瀬先生はそれを「お互いの心が押し合うという意味だ」と話されていました。
元々、「一挨一拶」(いちあいいっさつ)という禅語由来の言葉。茶道とも縁の深い言葉なのだということを再認識しました。
まじめなお話だけでなく、先生が時折挟まれる「京都ジョーク」も、かなり会場でウケてました。
たとえば「みなさんね、お掃除するでしょ。隅のあたりはまあるくね」とか…。
午後の部の研究会は失礼して、社中のお稽古へ。学んできたばかりの老松茶器のお稽古をしていただきました。
それに平水指。いつものお道具とは少々目先を変えてのお稽古。老松なんぞは記憶がないほど久しぶり。たまにはおさらいしないとと反省します。
意外と、お茶会本番では、こうしたちょっと目先の変わったお道具のお稽古が活きるのですよね。
個人の力を組織力へ。ダイバーシティ推進・ミドル活性化は朝生容子へ