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映画『急に具合が悪くなる』感想――資本主義の行き詰まりとその処方箋

2026.09.02

カンヌ国際映画祭で主演の2人が主演女優賞を獲得した話題作『急に具合が悪くなる』を観てきました。公開から日が経ち上映館は少なくなっていましたが、劇場内はほぼ満席。主演2人のやりとりに圧倒され、最後まで緊張感が途切れることのない濃密な時間でした。

構造としての「資本主義の行き詰まり」と共鳴する現代の課題

本作で特に印象的だったのは、多くの批評でも言及されている「資本主義の行き詰まり」に対する鋭い指摘です。地方と都市、自然と人工物——私たちが日頃の活動や暮らしの中で抱いている違和感や課題意識が、映画の中で包括的かつ構造的に言語化されたように感じられ、深く腑に落ちました。

理想と現場の葛藤——マジョリティとマイノリティの壁

特に胸に刺さったのが、介護施設のディレクターであるマリー・ルーの姿です。理想を追い求める彼女が現場スタッフから突き上げを食らう場面は、思い当たる節がありすぎて冒頭から苦しくなりました。

私も事務局スタッフとして参画したイベントを、障害や病気があっても誰もが参加しやすい形にしようと奮闘する中で、「コストがかかる」「完璧ではない」と批判を浴びる。理想を語る側にも、日々目の前の業務を回す現場側にも、それぞれに譲れない正義や事情があるからこそ、その対立は痛切です。

映画が提示する「壁を壊し、混ぜること」というアプローチには強く共感します。しかし同時に、混ざり合わない現状のほうが、内側にいる者にとっても、外から批判する側にとってもある意味で“心地よく楽”であるという事実も浮き彫りにされます。
内側にとっては慣れ親しんでいて、かつ、その構造から心地よさを受け取っているのでもちろん、その状況を変えたくない。一方外側の人にとっても「構造」の理不尽さに気づくのは難しい。構造はそのままに、内側の人間になることが、手っ取り早く利便を得る方法に見えます。だから今の構造の象徴である「壁」を壊すことはなかなか思い至らない。壁を壊すことに力を注ぐより、内側の人間を攻撃している方が楽でもあります。
これはマジョリティとマイノリティの関係性そのものであり、理想と現実の乖離の難しさを示していました。

混じり合うことの難しさと、その先にある希望

それでも本作は、「混じり合う」という実践の道筋を示すことで、大きな希望を残してくれました。

もし劇場をにいた多くの観客がこの方向性に心を動かされたのなら、一人ひとりが自分の持ち場で、少しずつ目の前の壁を壊していく実践を広げてほしい…そう感じています。私自身も、自分にできる場所から少しずつ境界を溶かしていこうと気持ちを新たにしました。

景色の美しさとリアリティ

映画の舞台として映し出された景色があまりに美しく、やはり映画館で観て良かったと思いました。

舞台となったパリの介護施設、「自由の庭」。中庭のある豊かな緑に囲まれた歴史ある建物です。こんな素敵な建物に住むことができるのは、今の私からしたら「おしゃれ」にも思えます(そんな施設自体にも曰くはあるのですが)。

また、日本人主人公の真理の故郷の京都の田舎の風景の美しさ…。乾いたきっぱりした空気を感じたパリの景色とは対照的に、スクリーンのこちらからも日本の里山のしっとりした湿度が感じられました。

真理の実家には、昭和の日本の家庭に見られた日本人形などの雑多なものが積み上がっていて、「あー、あるある」と心の中で頷いていました。

映画の深度を支える充実のパンフレット

上映終了後、パンフレット売り場に並んだところ、私と同じように買い求める人が次々いたのも印象的でした。ユマニチュードやイタリアにおけるバザーリア法による精神医療改革の歴史、文化人類学や哲学など、作中に散りばめられた背景に関心を持った方が多かったのだと思います。

手にとってみると、その知的好奇心に十二分に応える充実度でした(「プラダをきた悪魔2」のパンフレットがあまりに物足りなさを感じることがあった分、この密度の濃さには心から感謝したくなります)。映画パンフレットはこうでなくては!
ただ、シニア層の観客も多かったので、願わくは大判で文字がもう少し大きければさらに親切だったかもしれませんが…(笑)。映画の余韻と学びを深める素晴らしい1冊です。原作も読んでみようと思います!

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