現在進行形の『モダンタイムス』〜映画『しあわせな選択』が突きつける、キャリアへの向き合い方〜
2026.06.01

オフィスキャリーノの朝生容子です。ブログをお読みいただき、ありがとうございます。
先日、イ・ビョンホン主演、パク・チャヌク監督の韓国映画『しあわせな選択』を観ました。
観終わったあと、なんともやりきれない胸に冷たい何かが残る感覚——。私たちが今まさに生きている「現代の労働現実」をこれでもかと突きつけられる、ブラックユーモアに満ちたスリラーだと思います。
この映画が描く不条理は、決してスクリーンの中だけの話ではありません。キャリアコンサルタントとしての視点から、この映画の背後にある「リアルな現実」について考えてみます。
① イ・ビョンホンの「いい人なんだけど…?」という泥臭い格闘
私の1番の鑑賞動機は、大好きなイ・ビョンホン。私の持つクールでスタイリッシュな彼のイメージとは180度違う姿に驚かされました。
彼が演じるのは、根は真面目で「いい人」なのに、リストラで極限まで追い詰められた男。生き残るためにとんでもない計画を実行に移していくのですが、そのドタバタ感と、なぜか妙に丁寧で不器用な現実との格闘ぶりに、おかしさの中にある哀しい人間味が溢れていて、長尺の映画なのに目が離せませんでした。
② 映画の設定は「今ここにある現実」〜日本も例外ではないグローバル競争〜
劇中では、主人公の製紙会社がアメリカの企業に買収され、過酷なリストラが始まります。
映画を観た後、気になって韓国や国際的な製紙業界の状況を調べてみたのですが、予想通り、現在の業界は映画さながらの激しい生存競争の真っ只中にありました。
実は私自身、かつて北海道に在住していた頃に、釧路の製紙工場が閉鎖されるというニュースにショックを受けた記憶があります。遠目でもわかる大きな製紙工場は地元の経済の要だったと思います。日本も、そしてお隣の韓国も、デジタル化による印刷用紙の需要減で業界全体が非常に厳しい状況に追い込まれていることを痛感させられました。
さらに、そこに追い打ちをかけるのが中国メーカーの驚異的な成長です。圧倒的な生産力を背景にした低価格攻勢により、アジア市場でのシェア争いは激化。劇中の「外資による買収」も、決して大げさなフィクションではなく、世界的な大再編の中でリアルに起こっている現実そのものでした。
③ 韓国の強烈な格差社会と、男たちのプライド
そんな厳しい業界で、高卒から血の滲むような努力をして中間管理職の「理想の生活」を手に入れたという主人公。その自宅は広大な敷地にペット、子どもはチェロを習い、主人公の趣味のための立派な温室まであります。日本の感覚からすると「大富豪」の暮らしに見えます。
ここに韓国のリアルな格差が透けて見えます。一握りの大手企業に就職できるか否かで、生活レベルが天と地ほど変わってしまう熾烈な社会構造。だからこそ、彼は生活を守るためにあそこまで狂うしかなかったのだと思います。
また、韓国映画ならではと感じたのがアクションのリアリティ。登場人物たちが「徴兵経験者」であるという背景があるからこそ、銃の扱いや格闘シーンの一つひとつに妙な説得力と生々しさがありました。
男たちが過去のキャリアやプライドに縛られ、酒に溺れたり、泥仕合を繰り広げる姿は滑稽でもあり、悲痛でもあります。
④ 夫たちより一枚上手?妻たちのしたたかな生存戦略
男たちが過去の働き方から免れられずに苦悩する一方で、非常に印象的だったのが、ターゲットの妻や主人公の妻など、女性たちの「したたかさ」です。
彼女たちは、現実を見失っていく夫を見捨てはしないものの、そのストレスを自分一人で抱え込むようなタマではありません。自分なりの方法で上手に発散し、現実的な手段で家庭を支えていく。綺麗事だけでは生きていけない世の中で、彼女たちの「図太さ」と「生活力」には、むしろ「人間、これでいいんじゃないか」という不思議な救いと肯定感をもらいました。
⑤ キャリアコンサルタントの目が点になった「あの怪しい研修」の正体と、リスキリングの盲点
さて、キャリアコンサルタントとして、劇中でどうしても腑に落ちず、最も疑問に感じたシーンがあります。それが、リストラされた元社員たちが集まり、連なって呪文のような言葉を大声で唱えさせられていた「再就職支援トレーニング」の様子です。
「おいおい、そんな精神論じゃなくて、もっと個人の心に寄り添ったカウンセリングをしてよ!」と心の中で突っ込んでしまいました。ここは、リストラの背景にある社会構造の問題を無視して、無理やり自己責任にマインドを変えさせる組織都合のシステムへの皮肉と感じました。
主人公のマンスは、手先が器用で趣味の園芸もプロ級の腕前。製紙業界という「過去の成功体験」に固執しなければ、その高いポテンシャルを活かして、他の業界へ「リスキリング(学び直し)」して転職できる可能性は十分にありました。経済的に追い詰められていた事情はあるにせよ、視野が極端に狭くなってしまっていたのです。
もし、じっくりと個人の事情や持ち味(ポータブルスキル)を受け止め、伴走してくれるキャリアコンサルタントが彼のそばに一人でもいたら……。あんな血生臭い椅子取りゲームをせずに、全く違う「本当のしあわせな選択」ができたのではないかと、専門家として切ない気持ちを禁じ得ませんでした。
結び:令和の『モダンタイムス』を生きる私たちへ
この映画のラスト、何人ものライバルを文字通り排除して主人公が手に入れたポジションは、AIに完全管理された、人間の気配が消え失せた無人工場の監視席でした。人としてのモラルを捨ててまでしがみついた場所に、本当に「働く喜び」はあるのか?何とも言えないディストピアの現実に暗澹とさせられます。
観終わってふと思い出したのが、チャップリンの名作映画『モダンタイムス』です。
現代の私たちもまた、目の前のポジション獲得ために汲汲となり、それに必死にしがみつこうとします。しかし、AIや自動化の時代の大きなトレンドに容赦なく巻き込まれていく悲しさ。
映画が描く世界は、決して未来のフィクションではなく、私たちのすぐ足元にある現実。
私たちは何を求めて働くのか。過去の成功体験に縛られず、自分の可能性をどう広げていくか?当事者として強く考えさせられる一本でした。
個人の力を組織力へ。ダイバーシティ推進・ミドル活性化は朝生容子へ