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LaLa創刊50周年記念原画展~私の原点を確認しにいく

2026.07.29

新宿高島屋で開催中の「LaLa創刊50周年記念原画展」へ行ってきました。

何を隠そう、私は高校時代は少女漫画オタクで、特に「LaLa」は毎月の楽しみでありました。
同誌の創刊時のコンセプトは、「マンガ読みのための雑誌」。「少女マンガの世界が恋愛一辺倒みたいになっていたころに、それとは違うタイプの作品がたくさん載っていた」とも評されています。

毎月、雑誌の発売日が楽しみでした。限られたお小遣いの中から、LaLaだけは絶対に買うと決めておりました。
そのころに私が読んでいたのは、「日出処天子」「エイリアン通り」「マルチェロ物語」「はみ出しっ子」「Z -ツェット-」「バジル氏の優雅な生活」「シニカルヒステリーアワー」「黒のもんもん組」「ドージェシリーズ」などなど…(年がばれる💦)他にも面白いのがたくさんありましたね。

今回、当時大好きだった森川久美氏の展示が全くなくて不思議に思っていたのですが、後に別の出版社に移られていたことも知りました。

こうして振り返るとLaLa50年の歴史の中で、ごく初期の、しかし成田美奈子氏や森川久美氏など、後々まで活躍する漫画家が続々と生まれた、とても豊かな素晴らしい時代を楽しむことができていたのだと思います

大学進学以降、漫画雑誌を定期的に買うことはなくなり、LaLaからも離れてしまったけれど、私の高校時代が楽しく豊かなものであったのはこの雑誌のおかげであるし、歴史や世界情勢などの関心をもたらせてくれたのと多分にこの雑誌のおかげ。LaLaは、私にとってまるで出身校みたいな存在だと感じます。LaLaの読者だったという人とは、不思議な連帯感を抱きますし、90年代後半以降の連載はほとんど知らないものの、それを懐かしんでいる人たちを見ると、なんだか同窓生のような感覚が湧いてきます。

映像化された作品リストも展示されていました。LaLa、いえ少女漫画が日本のエンタメにどれだけ貢献してきたかも再認識。その中で不幸な事件もありましたが、改めて漫画家さんたちの権利や健康が守られてほしいと切に祈ります。

当時の雑誌の展示もあったけど、今から考えると信じられないぐらい、ざらざらの茶色い紙が使われていたのにびっくり。コミック本が買えないものは、雑誌の連載をそのままスクラップのようにして保存していたのですが、こんな粗雑な紙を大事に取っていたのですね…。この紙の上で、あんなに素晴らしい世界が展開されていたとは…。当時の、限られた環境の中での豊かで貴重な世界に改めて感謝の念が湧いてきました。

最後にLaLa編集部の方のコメントが寄せられたパネルがあったのですが、皆さんそれぞれのLaLaに対する思いが伝わってきて感銘を受けました。その中でも特に印象的だったのは以下の言葉です。
まさに今の私の原点にある「少女マンガ」を表していると感じました。

「少女マンガって何かっていうのは、諸説あります。
『誰かが誰かを受け入れる話』
ある歴代編集長はそう定義しました。
どちらが正しいか戦って決めるのではなく、他者を受け入れる物語であると。
『心が震えれば少女漫画』
と言う方もいました。
家族愛や友情、異種族との交流やちょっともの悲しい物語でもいい。
ラブコメみたいに心がときめいてドキドキするでもいい。
ジャンルを限らず、心が震えればそれは少女漫画だと。
僕が今思う少女漫画とは違いを受け入れる話ですかね。
主人公や読者の性別は正直どっちでもいいと思っていて。
弱いところも含めて違いを受け入れる、それによって許されたり救われたりする。
そんな作品が多いんじゃないかと思います。

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