山伏修行に参加
2019.09.19
今回はちょっと、私には珍しいスピリチュアル系の話になります。
9月の連休に、二泊三日の出羽三山での山伏修行体験に参加してきました。
現役山伏の星野文紘先達(せんだつ/冒頭写真右)とお会いしたのは7、8年前。
一般人でも山伏修行ができると聞いて、俄然に興味を掻き立てられました。
しかし、当時は独立して間もなく、心に余裕がなかったこともあって、参加しないまま時を過ごしてしまいました。
そうこうしているうちに、友人知人の多くが修行に参加しているのを知ります。
「私の方が先に知っていたのに…」と理不尽なジェラシーを感じていました。
そしていよいよ今年の春、募集が始まってすぐに申込み!
参加してみて感じたのは、私が参加するのは、まさに「今年」であったということでした。
ちなみに、修行中、どんなことをするのか口外するのは禁じられています。
ちょっとだけご紹介すると、まず修行中は、頭まで覆う白装束で過ごします。この格好をすると「個人」を特定する特徴が隠れ、みな単なる「行者」に見えます。
また最中は私語禁止。先達(せんだつ)からの指示には、「うけたもう」という返事だけが許されています。
参加者同士が会話もできないので、自ずと自分の内面と向き合うことになります。
私は最初のうちは、慣れない修行中の生活様式や山登りの疲労への不満が渦巻いていました。
その後、徐々に浮かんできたのは、7月に亡くなった義母の事です。
「義母にもっとしてあげられたことはあったのではないか?」
「私に対して、冷たい人間と思って亡くなったのではないか?」
普段の生活では気づかなかった自分の中にある後悔の念が次々と湧いてきたことに驚かされました。
一番のハードな修行である月山徒行が行われた日の夜、夜間徒行がありました。
「疲れているんだから、休ませてくれ…」
そう思いつつ、しかたなく先達の後について何キロか歩いていった先では、徒行の常とは違って、真言やお経は唱えず、黙ってしばらく夜空の下で過ごしました。
降るような星の下、突然、「ああ、義母はこの空のどこかで、くよくよしなくてよいと言っている」という感覚を覚えたのです。
<月山を登る(写真はFacebookページ「大聖坊」より)>
義母は晩年の数か月の過ごし方に揺るがされないような、しっかりと地に足の着いた人生を歩んだ人でした。
そう思うと、義母の晩年を自分の振る舞いで左右したかもなんてこと自体が、体が思い上がりです。
充実した人生を送った人として、きっとあの星空のどこかで、先に亡くなった義父と出会って笑顔で過ごしているに違いありません。
知ってから7年の歳月を経て、やっと山伏修行に参加できたのは、きっと義母の采配なのでしょう。
自分自身の心のネガティブな面に向き合った3日間。
濃密な経験でした。