一雨(いちう)に寄せてー鳳門釜・奥田冬門先生のこと
2026.04.01

今日、外は雨が降っています。
この雨は、今の私の心そのもののようです。
長年、私の人生の傍らにあった茶道。その道を最初に示してくださった、柏の「鳳門釜」主宰・奥田冬門先生が、61歳という若さで旅立たれました。あまりに急な知らせに、正直まだ気持ちが追いつかず、キーボードを叩きながらも涙が溢れてきます。
無知だった私を包んでくれた寛容さ
私が茶道の世界に足を踏み入れたのは、その頃、住んでいた千葉県柏市の教室でした。
当時の私は、茶道の「当たり前」を何一つ知りませんでした。本来、茶道では一生一人の師につくのが通例ですが、都内への転居を控えていた私は、そんなことも知らずに「引っ越すので、新しい教室を相談したい」と先生に申し出たのです。
今思えば、なんと世間知らずで失礼な振る舞いだったかと思います。しかし、そんな「歳の割に無知な私」を、冬門先生は否定することなく、あたたかく受け入れてくださいました。
奥田ご夫妻が教えてくれた「自由な精神性」
奥田冬門先生と、奥様の晴美先生。
お二人のお人柄に惹かれ、教室には老若男女、本当に多様な方々が集まっていました。
当時、仕事に追われ「社畜」になりかけていた私に、先生は全く新しい世界を見せてくれました。伝統の妙なしがらみに捉われることなく、それでいて茶道の精神性は深く、大切にする。
お二人のもとで茶道に出会えたからこそ、堅苦しさに挫折することなく、私は今日まで楽しく続けてこられたのだと感じています。
総合芸術としての体感
陶芸家でもいらした冬門先生の教室は、常に創造性に溢れていました。
茶花の生け方、茶杓削り、そして陶芸…
「茶道は総合芸術」と言葉では言いますが、先生はまさに、様々なクリエイターが作り上げる世界を、五感を通じて教えてくださいました。
忘れられない「一雨」の記憶
手元に、一つのお茶碗と茶杓があります。
お茶碗は、私が茶名を拝受した記念に、冬門先生から求めた作品です。
そして茶杓は、先生に教わりながら自ら削ったもの。
その時、外は激しい雨が降っていました。
ちょうど選挙の日で、世の中が大きく動こうとしていた時。雨上がりに世界がガラリと変わったような、あの独特の感覚を今でも鮮明に覚えています。
その記憶を込めて、私はこの茶杓に「一雨」という銘をつけました。
結びに代えて
実は一昨年、先生の還暦のお祝い茶会に伺ったばかりでした。
その後、体調を崩され、教室も閉められたと伺い心配しておりましたが、どこかで「いつかまた、元気にお話しできる」と信じて疑いませんでした。
同じ世代の先生との、あまりに早すぎる別れ。今の、心の中に湧き上がる思いを吐き出さずにはいられませんでした。
先生が教えてくださった「自由な心」と「創造する喜び」を、これからも大切に抱えて歩んでいこうと思います。
先生、本当にありがとうございました。
どうぞ、安らかにお休みください。
個人の力を組織力へ。ダイバーシティ推進・ミドル活性化は朝生容子へ