「正しく怒る」ということ――虎に翼スピンオフ『山田轟法律事務所』に寄せて
2026.03.24
こんにちは。オフィス・キャリーノの朝生容子です。
先日、NHK連続テレビ小説『虎に翼』のスピンオフドラマ『山田轟法律事務所』を視聴しました。本編でも強烈な印象を残したよね(山田よね)と轟を中心に据えた物語ですが、そこで描かれていた「人間の多面性」と「正しく怒ることの難しさ」に、深く考えさせられるものがありました。
人間の多面性と、やり場のない怒り
このドラマでは、登場人物の誰もが、心の奥底に逃げ場のない「怒り」を抱えています。その様子は観ていて苦しくなってきます。
生活のために体を売らざるを得ない女性たち。勝利した側ではあるが、軍の中では発言権のない黒人兵士。家族を戦災で失い、その喪失感をぶつける先を探す復員兵。在日朝鮮人、戦災孤児、愚連隊…。そして自分たちをないがしろにする社会への怒りは、時に自分より弱い存在へ、あるいは自分自身を否定する方向へと向かってしまいます。
かつて、よねを裏切り、戦後は自ら、女性を集めて米軍向けの「慰安所」を作ろうとしたよねの姉も、一見すれば自分と同じ「女を食い物にする」どうしようもない存在に見えるかもしれません。そんな姉と決裂したのちに、彼女が絞殺されたことを知ります。
「クズ」の姉であっても、理不尽に命を奪われていいはずがない。よねはそんな怒りから犯人探しに奔走。のちに、軽蔑していた姉が、実は自分を認め、幼い女子を愛おしんでいたことを知ります。一人の人間の中に「善なるもの」と「どうしようもない側面」の両方が存在することを改めて知ります。
「構造」に対して正しく怒り続けること
私たちがこのドラマに、そして「よね」という人物に強く惹かれるのは、彼女の怒りの矛先が目の前の個人ではなく、その背後にある「大きな構造的要因」に向かっているからだと思います。
何が本当の問題なのか。なぜこの人はこうせざるを得なかったのか。 よねはその本質を正しく認識しています。しかし、相手が巨大な構造であればあるほど、すぐには解決できません。だからこそ、見ている私たちも単純な「スカッとした気分」にはなれず、よねと共に苦しみを感じてしまいます。
マスターが遺した「希望」
ドラマの中で、息を引き取る直前のマスターがよねに遺した「正しく怒り続けろ」というメッセージ。これは、無力感に苛まれる私たちにとって、大きな救いとなる言葉でした。
一人ひとりは無力かもしれません。でも、理不尽な構造に対して「おかしい」と怒りを抱き続ける人がいること。そして、その怒りを持つ人々が集まること。それこそが、少しずつでも社会を変えていくための、唯一にして最大の希望なのだと感じます。
よねが再度、司法試験に受験するとき、同じく試験に臨む女性達の姿を見て、ふと微笑む場面があります(このドラマの中で、よねが唯一、笑みを浮かべた瞬間ではなかったでしょうか)。怒りを抱えながら、自分と同じく司法という場で戦う仲間を見つけた瞬間でした。愛する人を失い、そのことを公言できない轟もまた、よねにはなくてはならない同志となりました。
結びに代えて
よく誤解されているので繰り返しお伝えしていることですが、「アンガーマネジメント」では、「怒るな」とは言っていません。怒りは自然なことですし、そのエネルギーが強いだけに、正しく使えば何かを変えうる可能性を持っています。
大切なのは、その怒りを自分や身近な誰かにぶつけて消費してしまうこと。それは新たな相手の怒りを呼び、傷つけあうことに陥ってしまいます。
社会をより良くするためのエネルギーとして持ち続けること。私も専門家として、目の前の方と共に「正しく怒り、歩み続ける」存在でありたいと改めて背筋が伸びる思いでした。
個人の力を組織力へ。ダイバーシティ推進・ミドル活性化は朝生容子へ